2024年、グラビア界に鮮烈な印象を残し、**「令和の国宝BODY」**と呼ばれるまでになった榎原依那さん。
デビューからわずか1年半で主要グラビア誌の表紙を次々と飾り、新人賞や大賞クラスの評価も獲得し、多くの注目を集めています。
けれど、その華やかな活躍の裏側には、地下アイドル時代の苦悩や、体型へのコンプレックス、世界を一人で旅した経験など、決して平坦とは言えない道のりがありました。
なぜ彼女はここまで支持される存在になったのでしょうか。
この記事では、榎原依那さんが“選ばれる存在”になった理由を、リアルなエピソードとともに丁寧にたどっていきます。
地下アイドル時代と「報われなかった努力」の積み重ね
榎原依那さんのスタート地点は、2016年に活動していた大阪の地下アイドルグループ「SO.ON project」。
当時は「稲田ひより」という名義で、同じクラスの仲間たちと歌やダンスに励む日々を送っていました。
むーたん外から見れば楽しそうなアイドル活動ですが、現実は厳しく、努力がすぐに結果につながる世界ではなかったようです。



大阪スクールオブミュージック高等専修学校に通いながら、レッスンと学業を両立する毎日。
スキルは着実に身についていったものの、大きなブレイクには至らず、2016年にグループを卒業することになります。



夢を追いかけた先に残ったのは、「何者にもなれていないかもしれない」という不安。



それでも、この時期に積み重ねた経験は、後に大きな意味を持つことになります。
人前で表現する力、カメラの前でも自然でいられる感覚、そして注目される仕事への覚悟。
地下アイドル時代は遠回りに見えて、実は今につながる土台を静かに作っていた時間だったのかもしれません。
うまくいかなかった過去があったからこそ、後に訪れるチャンスを大切にできたようにも感じられます。
コンプレックスと放浪経験が「唯一無二の個性」に変わった瞬間
榎原依那 #榎原依那 pic.twitter.com/RkZK3qPgoe
— アイドル魂 (@idollllsoul) December 6, 2025
学生時代、榎原依那さんは自身の体型、とくに胸の大きさを強いコンプレックスとして感じていたそうです。
目立たないように工夫しながら過ごし、自分を出すことに戸惑いもあった時期でした。
そんな気持ちが少しずつ変わったきっかけが、友人に勧められて始めたSNS投稿。
TikTokに動画を投稿したところ、一晩でフォロワーが1万人以上増える反響があり、「自分には求められている一面があるのかもしれない」と気づくようになります。
同じ頃、彼女はバックパッカーとして海外を旅していました。
東京で外国人とルームシェアをし、20歳で一人韓国へ渡航。



現地のシェアハウスに住みながら韓国語を学び、さらにロサンゼルスでは治安の厳しいエリアに滞在する経験もしています。



こうした体験を通して身についたのは、人の目を気にしすぎなくなる感覚と、自分を冷静に見つめる視点でした。
modelpress : 榎原依那「胸の大きさがコンプレックスだった」デビューから完全無欠 グラビア挑戦のうらにあった決意を語る<モデルプレスインタビュー>
コンプレックスや不安を抱えたままでも前に進んでみる。
その積み重ねが、やがて「このままの自分でいい」と思える気持ちにつながっていきます。
その変化こそが、後のグラビア挑戦を後押しし、自然体なのに目を引く存在感へとつながっていったようです。
グラビア挑戦と“売れる人”になるための決断力
2023年末、Instagramをきっかけに現在の事務所sejuから声をかけられた榎原依那さん。
最初は疑っていたものの、やり取りを重ねる中で本物だと分かり、そこから大きな決断をします。
それが、自ら「グラビアに挑戦したい」と伝えたことでした。
2024年2月、『FRIDAY』でのグラビアデビュー。



これまで隠してきた体型を、初めて真正面から表現した瞬間でもありました。
反響は想像以上で、表紙号は完売が相次ぎ、ヤングマガジンや週刊プレイボーイなど主要誌にも次々と登場。



写真集は重版を重ね、売上ランキングでも存在感を示しています。
FRIDAY DIGITAL : 榎原依那「デビュー前は東京でバックパッカーをやっていました」【今週のカバーガールの胸のウチ】
一方で、注目される裏側ではパーソナルジムに通い、体づくりに本気で向き合う姿もありました。
「選ばれたから努力した」のではなく、「選ばれ続けるために努力を続けた」、そんな姿勢が伝わってきます。
27歳というタイミングで一気に花開いた背景には、積み重ねてきた時間と、挑戦を恐れなかった勇気があったように感じられます。
まとめ
榎原依那さんがここまで支持される理由は、見た目のインパクトだけでは語りきれません。
地下アイドル時代の下積み、コンプレックスとの向き合い方、海外での経験、そして自分を信じて踏み出した決断。
その一つひとつが重なり、今の魅力につながっています。
遠回りに見える人生だったからこそ、言葉や表情に温度があり、自然と人の心に残るのかもしれません。
「自分の弱さを受け入れた先に強さが生まれる」──榎原依那さんの歩みは、そんなことをそっと教えてくれるようです。
これから先の活躍も、あたたかく見守っていきたくなりますね。









