みなさん、“ネジ”に革命を起こした日本人がいるって、ご存知ですか?
しかもその人物は、小学校を5年生で自主中退、学歴なし。
けれど世界が驚く発明を次々と生み出し、日本を代表するイノベーターとなったのです。
その名は道脇裕さん(みちわきひろし)。
緩まないネジ「L/Rネジ」をはじめ、数々の画期的技術で世界に衝撃を与えてきた彼の人生は、まさに“道の脇”を歩みながらも、大きな未来を切り開いてきた証。
今回は、知れば知るほど引き込まれる、さんの驚きの発明と唯一無二の生き様をご紹介します!
学歴ゼロからの挑戦──“道の脇”を選んだ少年
道脇裕さんの物語は、小学生の頃からすでに常識の外を歩き出していました。
6歳のとき、母親からもらった永久磁石に心を奪われ、磁場に関するクーロンの法則を独自に発見。
日経ビジネス : 小学校“中退”の発明家、道脇裕の「人生をネジろう」
その後、小学1年で配られた教科書とドリルをたった1週間で終わらせ、「これ以上、学校にいる意味はあるのか?」と感じたそうです。
10歳のとき、自ら学校を“中退”して以降は一切通わず、独自の道を歩み始めました。
その後、中学・高校に通う代わりに、漁師やとび職といった肉体労働に従事。
学ぶ場は現場であり、生活の中にこそリアルな学びがあったのです。
そして18歳、初めて「マニキュアツール」の特許を出願。
さらに19歳で経験した3度の交通事故の中で、彼の中に“緩まないネジ”という着想が一瞬でひらめきます。
この少年時代のユニークな選択と経験が、道脇裕さんの発明人生の原点となったのです。
伝説のL/Rネジ──ネジの常識を覆した発明
働くって何? 発明家 道脇 裕さんに聞く。無理だと決めつける前に、無理な理由を証明しよう https://t.co/PAni4hr6jy pic.twitter.com/kRrIdDSnW3
— GINZA (@GINZA_magazine) April 4, 2024
2000年もの間、改良が重ねられながらも“緩む”という欠点が残っていたネジ。
その常識を根本から覆したのが、道脇裕さんが考案した「L/Rネジ」です。
この発明は、1本のボルトに右回りと左回りのナットを組み合わせ、それぞれを互いに機械的に締結させることで“緩まない”状態を実現したもの。
シンプルでありながらも、従来にはなかった革新的な構造です。
GLOBAL EDGE : 創造的であるためにアイデアは肯定的に批判せよ 渡部 肇史×道脇 裕
2010年にはアメリカの航空宇宙規格(NAS)の耐久試験において、基準である17分を大幅に超える「3時間」もの耐久を達成。
その結果、ネジより先に試験装置が壊れてしまうという伝説が生まれました。
PRESIDENT Online : 小学校から毎日発明! 特許案2万超の異端児【1】 -対談:NejiLaw社長 道脇裕×田原総一朗
航空機・鉄道・橋梁など命に関わるインフラ分野では、ネジ1本の信頼性が全体の安全性に直結します。
L/Rネジは、そうした現場で“絶対に外れてはならない”部品として、世界中から注目を集める存在となりました。
天才の頭の中はアイデアの宝庫!
道脇裕さんの発明は、ネジに限りません。
彼の頭の中には常に「課題」と「解決策」があふれ出し、日常のあらゆる現象からヒントを見出しては、新たな技術へと昇華していきます。
道脇裕さんいわく「1時間に1個は発明できる」と語るほど、アイデアのストックは常に膨大。
思いついたアイデアはすべて脳内に“ストック”しておき、必要なときに引き出せるそうです。
代表的なものには、ネジそのものをセンサー化した「smartNeji」や、コンクリート内の気泡を制御する「CB→zeRO」などがあり、これらはインフラや建設業界に革命をもたらしています。
さらに、ウイルス除去装置「Dr.AiR UV-C」や、ペットボトルを簡単に開けられる「プチッパ」など、生活者目線の発明も多数。
NejiMO : 道脇裕の主な発明
ジャンルにとらわれない発想力と、「物事は肯定的に批判せよ」という独自の哲学が、彼のクリエイティブな原動力になっているのです。
「道の脇」こそ無限大──支えてくれた人々と共に
これまで打開策が見つからなかった課題を、独自の発明で続々と解決することで
— テレ東BIZ (@txbiz_ondemand) March 8, 2024
“天才発明家”と呼ばれるネジロウの社長、道脇裕氏。
ウイルスの脅威、人口減少、インフラの老朽化など…
ニッポンが抱える社会課題に立ち向かう道脇が目指すものとは、一体、何なのか?#編集部ピックアップ📌 pic.twitter.com/PlIfPjlMCr
道脇裕さんは、単独の天才というより、支えてくれた人々との絆をとても大切にする人物です。
18歳のとき、予備校校長の佐藤敦さん(通称アッちゃん)から「君は絶対に面白いことをやる」と500万円をポンと提供され、アメリカ留学を果たしました。
わずか5日で大学を辞めたものの、「挑戦できたこと自体が自信につながった」と振り返ります。
また、引きこもって数学研究に没頭していた時期には、ソフトブレーンの岩渕正詔さん(岩さん)に見出され、再び社会と接点を持つきっかけに。
そして、“発明王”邱永漢氏の知恵袋とされた新藤晴久さんの助言により、数あるアイデアの中から「ネジ」に注力するという重要な選択がなされました。
「道の脇は道より広し」という名言は、まさに彼の人生の象徴。
正規ルートを外れても、そこには自由で創造に満ちた無限のフィールドが広がっている。
支えてくれた人々への感謝を忘れず、自分の信じた“道の脇”を突き進む道脇裕さんの生き方は、多くの人の背中を押してくれます。
まとめ
道脇裕さんの人生は、常識を疑い、自分の道を信じて歩んだ先に大きな革新をもたらした物語です。
「学歴がないから」「型にはまれないから」なんて言い訳は、彼の前では通用しません。
ネジという小さな存在に込めた彼の発想は、技術だけでなく、生き方そのものにも新しい価値を与えてくれます。
私たちも、少し“道の脇”に目を向けてみれば、新しい発見に出会えるかもしれません。