日本歌謡界を代表する歌姫・石川さゆりさん。
デビューから50年以上、数々の名曲を世に送り出し、いまなお第一線で輝き続ける国民的アーティストです。
2025年の「第76回NHK紅白歌合戦」では 通算48回目の出場 が決定し、現役女性歌手として最多記録を更新。
本記事では、『天城越え』『津軽海峡・冬景色』の誕生秘話から、石川さゆりさんの経歴・家族・最新の活動、そして2025年紅白情報までを“これ一つでわかる”形で徹底まとめします。
ファンはもちろん、「詳しく知りたい!」という人にも読みやすくご紹介します!
石川さゆりの歩んだ50年の軌跡|デビュー秘話・名曲誕生・歌手人生の転機
石川さゆりさんは1958年、熊本県熊本市に生まれました。
幼少期に母と観に行った島倉千代子さんの歌謡ショーがきっかけで「歌手になりたい」という夢を抱きます。
サライ.jp : 【インタビュー】石川さゆり(歌手)「歌や音楽は最も身近な小さな文化。時代に反応し、伝えてゆく役目がある」
中学時代には、歌のレッスン代を自分で払うため、毎朝の牛乳配達で月謝5000円を稼ぐ努力家。
中学3年の夏休み、友人の代わりに出場した『ちびっこ歌謡大会』で優勝し、これが芸能界に入る原点となりました。
1973年、『かくれんぼ』でデビュー。
むーたん当時は森昌子・山口百恵とともに“ホリプロ3人娘”として売り出されましたが、他の2人が桜田淳子と「花の中三トリオ」として注目される中、石川さゆりさんは単独での歩みを選択。
デビューから4年間は大きなヒットに恵まれず、テレビ番組では“話題曲コーナー”での出演が続く日々でした。
それでも「歌うことが何より好きだった」という強い気持ちで活動を続け、スタッフや関係者の間で「応援したい」と思わせる存在になっていきます。
大きな転機は1977年。
19歳で発表した『津軽海峡・冬景色』が大ヒットし、日本レコード大賞歌唱賞、FNS歌謡祭グランプリなど数々の賞を受賞。
翌年には『能登半島』、さらに1986年には代表曲『天城越え』が誕生し、その歌唱力・表現力が不動の評価を得ました。



作詞家・阿久悠さんは「石川さゆりの歌は年月を経つほど輝く」と語り、年代を超えて愛され続ける歌手へと成長していきました。
婦人公論.jp : 石川さゆりさんが『徹子の部屋』に登場。90歳の母への感謝を語る「名曲を歌い続け、時代のにおいを運ぶ《風》でありたい」
まさに“努力の積み重ねで開花した歌手人生”といえます。
『天城越え』『津軽海峡・冬景色』名曲誕生の裏側|情念、風景、そして覚悟
昭和59年NHK 紅白歌合戦
— 長崎は今日も雨だった (@kohji_musha) November 15, 2025
演歌の大物が勢ぞろいしたリハーサル🎶#ラジオ深夜便
小林幸子/八代亜紀/石川さゆり/都はるみ/水前寺清子 pic.twitter.com/W4My2Tdy0Y
まず『津軽海峡・冬景色』は、石川さゆりさんが19歳の時にリリースされた運命の一曲。
“上野発の夜行列車”という情景描写、冬の津軽を彷彿とさせるメロディライン、そして石川さゆりさんの透明感と力強さを兼ね備えた歌声が相まって、瞬く間に大ヒット曲へと成長しました。
当初はスタッフの間でも「この曲を歌えるのは石川さゆりしかいない」という声が多く、録音時はスタジオに緊張感が漂っていたほどだったと言われています。
一方で、代表曲『天城越え』には興味深い秘話があります。
曲を提供された1986年、石川さゆりさんは28歳。



結婚・出産を経験し“穏やかな幸せの時期”を過ごしていたため、激しい情念の世界を描くこの曲を「今の自分には歌えない」と一度断っています。



しかし作詞家・阿久悠先生から「さゆりが歌って、もう一つ何かを越えなければいけない」と背中を押されます。



さらに、「曲を演じてみれば」というアドバイスに「そうか、この歌は演じればいいんだ」と思い新たな理解が芽生えたといいます。
AERA DIGITAL : 石川さゆりが明かす「天城越え」秘話 28歳の時に「歌えません」と断っていた
復帰後、あらためてこの曲に挑んだ瞬間、石川さゆりさんの歌手人生は大きな変化を迎えました。
情念を抑え込みながらも内側から燃え上がるような歌唱は唯一無二で、『天城越え』はのちに「国民的名曲」と呼ばれるほどの存在に。
紅白歌合戦でも幾度となく披露され、迫力ある演出とともに“石川さゆりさんと言えばこの曲”というイメージを確固たるものにしました。
両曲とも、人生経験と表現力の深まりが重なり合って生まれた、まさに“熟成された名曲”と言えます。
2025年・最新紅白情報&家族エピソード|48回出場の理由は“家族の支え”にあった
2025年の「第76回NHK紅白歌合戦」で、石川さゆりさんは 通算48回目の出場 を果たします。
これは現役女性歌手として最多記録。
公式サイトでは「おかげさまで紅白出場が決定しました。年末までご声援よろしくお願いします!」とコメントを発表。
紅白のステージは、毎年最注目される“石川さゆりさんの見せ場”といっても過言ではありません。
そんな長年第一線で活躍できる背景には、家族の温かい支えがあります。
父・智さんは市電の運転手として家族を支え、母・様子さんは幼稚園保育士として働きながら、石川さゆりさんの夢を応援。
とくに母の「悩んでも仕方ない、やってみなければわからない」という言葉は、石川さゆりさんの人生の指針として今も胸に残っています。



現在は92歳(2025年時点)ながらスマホやiPadを使いこなすほど元気で、コンサート初日には煮物や赤飯を差し入れるなど、娘の活動を支え続けています。
女性自身 : 石川さゆり 当時では異例「結婚と歌」両立させた母の言葉



さらに、26歳の時に生まれた娘・佐保里さんも“陰のプロデューサー”として石川さゆりさんをサポート。
親子3世代で同居し、公私ともに強い絆で結ばれています。
イギリス留学中に対人恐怖症を経験した佐保里さんですが、それを乗り越え、今ではコンサートの構成を助けたり、料理を振る舞ったりと欠かせない存在に。
こうした“家族の絆”が、石川さゆりさんを50年以上支え、紅白48回出場という偉業につながっています。
2025年も多くの視聴者が、その歌声と存在感に魅了されることでしょう。
⭐ まとめ
石川さゆりさんは、50年以上にわたり日本の歌謡界を牽引し続ける唯一無二の存在です。
『天城越え』と『津軽海峡・冬景色』の誕生秘話 から、家族に支えられた半生、そして 2025年紅白歌合戦48回目の出場 など、その歩みは常に挑戦と進化の連続でした。
演歌の枠を超えた表現力、時代と共鳴する歌声、そして“家族への深い愛”――これらが石川さゆりさんを国民的歌手へと押し上げています。
これからのステージでも、また新しい魅力を見せてくれることでしょう。
2025年第76回NHK紅白歌合戦 出場歌手
総合司会 : 有吉弘行 / 綾瀬はるか
/ 今田美桜 / 鈴木奈穂子アナウンサー
紅 組 50音順(カッコ内は出場回数)
- アイナ・ジ・エンド (初)
- あいみょん (7)
- ILLIT (2) 幾田りら (初)
- 石川さゆり (48) 岩崎宏美 (15)
- CANDY TUNE (初) 坂本冬美 (37)
- 髙橋真梨子 (7) ちゃんみな (初)
- 天童よしみ (30) 乃木坂46 (11)
- HANA (初) Perfume (17)
- ハンバート ハンバート (初)
- FRUITS ZIPPER (初)
- MISIA (10) 水森かおり (23)
- LiSA (4)









